ノーサイドという言葉自体は、今や日本でしか使われないという話をしました。
日本ではもう一つ、ラグビーに関する有名な言葉があります。
「One for All, All for One」(ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために)です。
これもラグビーでよく使われることから広まっていったとされていますが、実はこの言葉もまた、日本でしか使われていないようなのです。
1.もともとの起源は「三銃士」
「One for All, All for One」という言葉は、19世紀のフランスの作家アレクサンドル・デュマ・ペールが書いた「三銃士」という物語に出てくるもので、この言葉自体は世界でもそれなりに有名です。
しかし、ラグビーの精神を表す言葉として使われているのは、日本だけなのです。
ではなぜ日本でこの言葉がラグビーと強い関係を持って語られてきているのかと言うと、はっきりとした真相はわからないのですが、おそらく「三銃士」を読んだ日本のラグビー関係者が、この精神で闘うのだと使い始めたのが始まりだったとも言われています。
加えて、1980年代半ばに放送され大人気となったラグビーを題材にしたドラマ「スクールウォーズ」の中でもこの言葉が使われたこともあり、ラグビーというスポーツの精神を表す言葉として定着したように思われます。
2.教育の手段としても活用されたラグビー
「ノーサイド」も「One for All, All for One」も、いわば日本で独自に育ってきたラグビーカルチャーだということになります。
しかしながら、「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」という精神は、教育という側面においても、とても良い言葉であることは確かでしょう。
スクールウォーズは荒廃した高校のラグビー部のメンバーを更生しながら強くしていく物語ですが、その中で使われたことも、まさに教育的に価値のある言葉だと考えられたからでしょう。
初めは素行が悪かった登場人物たちが厳しい練習を通じて上達していき、人間としても成長していく姿は、このドラマが人々を感動させる中心的な要素だったと言えます。
ところで教育と言えば、そもそもラグビーは人間教育のために活用されていた背景もあるのです。
ラグビーが行われるようになった19世紀後半、イギリスは世界中で植民地を拡大していたわけですが、その際の人材教育方法の一環としてラグビーを広めたと言われています。
つまり、世界で活躍したり、国を守るための軍人を教育したりするうえで、肉体的な鍛錬を必要とし、しかも頭を使ってプレーすることも求められるラグビーというスポーツは、知力、体力、技術など必要な能力を兼ね備えた人間を育てる手段として、適しているとされたようです。
ラグビーの上達が、人間性の向上に役立つということだったのでしょう。
同時に、イギリスが植民地としていた地域でもラグビーは広まっていきました。
当時は未開の地とも言えたオーストラリアやニュージーランド、南アフリカなどの植民地諸国で、イギリスが求める人材を育てる方法として、ラグビーはふさわしいとされたのでしょう。
そう考えると、現在ラグビーの強豪国としてこれらの国が知られているのは、まったく不思議なことではないどころか、むしろ必然ともいえるでしょう。
3.まとめ
「One for All, All for One」という言葉は、日本人の価値観に合ったことから広まっていったようですが、ノーサイドの精神と同じように、もともとラグビーという競技自体に内在したものであることは間違いありません。
ノーサイドという言葉とともに、再び日本のラグビー文化として世界に発信できる日が来れば、一度でもラグビーに関わった人ならば、とても嬉しいことではないでしょうか。
そして、今までもそうだったように、これらの精神を誇りに思いながら練習に打ち込む日本人選手たちの更なる上達を願います。